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「ふと」

文章を見直してみると私は未だ過去の考えのことを
確立させてないんだな、と発覚

あれよあれよのうちに一ヶ月。
いつの間にかにテスト期間。
しかも今日はコードギアス。
。。。まぁ最後のはいいとして
最近必要である物とない物がわからなくなってきて、
とりあえず目前の提出物だけこなす日々。
私が夢見た物はなんだったのか。。。
いつも考えて頭から離れない物はいったい
どうしたのか。。。
そうやって考えていくと、自分というのは
過去の生活のうえで「必要」であったから
形成した物であり、「必要」でなくなれば
別に存在しなくてもいいということに気づいてしまった。
私がキーボードをたたくのも、ネジを回すのも、
レンズを絞るのもペンを躍らせるのも、
おたまじゃくしとにらみ合いするのも
本を開くのも、実質、衣食住にはまったく
必要性がないのである。
それこそが「趣味」であり、「息抜き」であった
はずなのだけれど、「それら」が息抜きであった
のはいつまでだったのだろうかとも、今は思ってしまう。

私は何をしているのだろう。

何をすべきなのだろう。

たとえば私が私自身に必要性を感じなくなり、
捨てようと思っても何故か捨てられない。
いつまでも私は私のままだ。
暇つぶしに体を動かしても、自分の中には
何かが、重いような、軽いような何かが
残っている。
いや、むしろそれらがごっそり抜け落ちて、
自分が抜け落ちた物のせいでうだっているのかもしれない。
でも、それは勝手に思考していることであり、
現実は、ただ机に向かって英国の産業革命を
書き綴ることが「やるべきこと」である。
そう、コレは昔から恐れていたことだ。
やる気がうせる。興味のあった物がどうでもよくなる。
人と一々関係を築くのが面倒になる。
何もやらなくても生きていける社会。
何もやらなくても。。というのは語弊があるが
何に興味を持たなくても、与えられた仕事をこなす
生き方さえ確立できればいい。
故に、私の周りにあるものは与えられた物に
なってしまった。
自分から欲しくてたまらなかったものなんてない。
全ていらないんだ。
ある意味、未来は変わってしまった。
タイムパラドックスではないだろう。
進むべきように、進んできただけだ。
なのに何故、今更になって喪失感に襲われるのだろう。
もう、疲れてしまった。
何故、弟に絶対なる夢があって、自分はないのだろう。
幼稚園のとき、短冊には周りと一緒でパイロット。
小学校卒業時の文集にはSE。
中学校の時にはロボットと人体のことを考えて。
気づいたらどれも、手元には残っていなかった。
こういう道も、と提示された物も砂になり、
部屋には空になったペットボトルが陳列していく。
一度でも楽しいと思ったものが、楽しくない。
一時の感動が、思い出せない。
物に囲まれ、ひしめき合う私の部屋で、
自分がこの中の物と同類だと思うのは、
この部屋の者達に失礼ではないかとも思う。
それ以下だ。
彼らはきちんとした目的が存在しているから
そこにいる。存在を確定できる。
父親参入、屁をこかれたorz
竹「へでもねぇってか?!ww母さんと一緒じゃねえかww」
父「いい両親もっただろう?ん?」
。。。にゃろう
二度も屁で片付けられるとは。。。っ!

部屋が片付くのが嫌いなのは、それらが埋めてくれるから。
そう思っているけれど。
多分きっとそうじゃないんだな、そのまんまなんだと思う。

なんとまぁ、、こんなにも穏やかなんだろう。
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